地下鉄の駅に着くとそこには沢山の日本人のグループが居た。そんな中に彼女は居たのだ。
この旅行に出る少し前にお互いフランスにW杯を観に行くという共通の話題をきっかけにメールフレンドになった女性。出発する直前にお互いの外見の特徴を伝え、「現地で会えたら良いですね」と言っていたのだがこれだけ多くの人の中でお互いを見つけるのは至難の業である事は周知のことである。
ただ、彼女は紫色の浴衣という目立つ格好をしていたのが幸いした。
私がそう目立つ格好では無かったので私が彼女を見つけるしかないとは思っていたが、そんな格好をした女性が地下鉄の自動改札の前に立っていたのだ。切符を買う列から外れ急いで声を掛けるとやはり彼女であった。
予想はしていたが実に綺麗な女性であった、ただ、彼女もチケットは確保出来ていないと言った。もっとゆっくり話をしたかったが向こうはツアー旅行であり、他の客とも一緒だったためそれもままならず「とにかくお互い頑張りましょう」と励まし合い、彼女は改札口の向こうに消えていった。
こんな偶然もあるものだと感心せずにはいられなかった。
競技場に着くととにかく人人人である。8割以上は日本人だろう。
そして少し先には何やらゲートがありチケットを持っていない人はその先に進めない様だ。
勿論競技場の入り口は未だ先である。 つまり此処にいる沢山の、少なくとも数千は居るであろう人達はチケットを持って居ないという事だ。
一緒に来た二人組はチケットを持っているので此処で別れ、私とライター氏そして駅の側から同行している女性の3人が残った。
3人で順番にチケットの相場等様子を見に歩いた。さすがにこれだけの多くの客が居るとダフ屋も強気だ。一万フラン、日本円にして約25万円からは決して下げない。
そして私の目の前でそんなチケットを買っている日本人がいるのだ。あちこちで「そんな法外な値段のチケットを買うな、相場が上がってしまう」という声が聞こえたが、それだけの金を出してでも観たい者は買うのは当然だろう。近くにあったATMにはそう多くはないが列が出来ていた。当然チケットを買う資金を下ろしているのだろう。
私が気付いただけでもフジテレビとTBSの取材が来ていた。
フジテレビは女子アナが実際にダフ屋からチケットを買うといったような企画の打ち合わせをしていた。彼等にしてみれば此処にいる人達は競技場の中以上に美味しいネタだろう。
不思議と私に焦りとか苛立ちといった感情は殆ど無かった。
むしろ面白い土産話のネタが出来たな位に思っていた。
正直もう9割方諦めていたのだ。
確かにこの日本vsアルゼンチン戦がこの旅行のメインディッシュではあるがイタリアvsチリ、スペインvsナイジェリアと前菜と呼ぶには余りに素晴らしい試合を既に観ていた私は未だ救いのある方なのだろう。
だが此処にいる殆どの人はこの試合を観るためだけに、この一品料理を食べる為だけに此処に来たのだ。
暫くすると大型のバスがやって来た。中には日本代表の選手の顔が・・・心なしかというより見事に皆、緊張の面もちで手を振ったりしている。
すぐ後に来たアルゼンチンの選手のバスに多くの日本人サポ−ターはブーイングを浴びせたがこちらは余裕の顔で手を振っている。この時点で役者の違いを感じさせる。