6月15日(月)
マルセイユに着いたのは未だ街が動き出すには早い時間だ。
今日はイングランドvsチュニジアを見る予定である。
昨夜のテレビでこの街で暴れているフーリガンがニュースに流れて
いた事もあって多くの人は「止めた方が良いんじゃない」と言って
いたが得意の何とか成るべという気持ちとこの街の名物
ブイヤベースも食いたかったので来てみた。
荷物を背負ったままでは歩きにくいので荷物預かり所とコイン
ロッカーが動き出すまで駅でごろ寝をしていた。
同じ様な連中は他にも沢山いて、そんな中の一人の日本人と
荷物を預けた後マクドナルドで朝食を取った。
正直言って私はマクドナルドが苦手なのだがつき合いで
ハンバーガーとコーヒーを頼んだのだがやはりフランスでも
マクドナルドはマクドナルドである。不味い。
一緒に飯を食った人は雑誌の編集者で先日のライター氏といい
何故か近い業界の人と出会ってしまう。
そういえば昨日まで一緒だった二人組は広告関係に勤めていたな。
この編集者は昨夜マルセイユに到着したらしいのだがホテルを
探す間もなく、フーリガンから逃げ回って駅に避難してそこで
夜を明かしたというのだ。その生々しい話は非常に興味深い
ものであった。
彼はホテルを探し、私は街を徘徊するのですぐに別れた。
港町らしく坂の多い街だ。薄汚れた建物といいその雰囲気は
評判通り治安が悪そうだなあ。
街のそこかしこに昨夜のフーリガンによる物と思われる爪痕
が見える。
取り敢えず港を目指したのだがまたしても迷ってしまった。
方向感覚には結構自信があったのだが・・・・
何故か港を目指していたはずなのにスタジアムの方に向かって
歩いていたようだ。
どうも腹の調子が思わしく無いので今回初めて有料の公衆トイレ
を使ってみた。金を入れると扉が開く仕組みだ。
要領が良く分からないせいもあるがどうも好きにはなれない。
スタジアムに向かう道の途中露店が並んでいる。こういうのは
大好きなので一通りひやかしてみる。
この街はアフリカからの移民も多いようなのでその類の物も
多々売られていた。
しかし一番目についたのは無造作に積み重ねられていた女性の
下着である。日本の露店ではあまり目にする事が無いから余計
目に付いただけなのかも知れないが・・・
そんな事をしているといい加減時間も経ったのでスタジアムに
向かうとしよう。暫く歩くとどうも気持ちが悪くなってきた。
腹と胸の辺りがむかむかする。冗談じゃないぞ。
原因として考えられるのは・・・多分あれだろう。
マクドナルドのハンバーガー。確か以前にもこんな事はあった
私は小さい頃から好き嫌いといった物は殆ど無いのだが
マクドナルドのハンバーガーは本当に苦手なのである。
体調の良い時ならまだしも今日はちょっと寝不足気味である。
遂に立っていられなくなり、道端のベンチに座り込む羽目に
なってしまった。こんな事で今日一日が潰れてしまうなんて
冗談じゃないと思いながらもこの体内の嵐が過ぎ去って
くれるのを祈るだけであった。
暫くするとやや落ち着いてきて休み休みながらもスタジアムに
辿り着くことが出来た。バスを使うという手もあるのだが
本来私はバスが苦手なのである。こんな体調の時にバスに乗る
なんて事はそれこそトドメを刺すような物である。
スタジアムの周りのカフェでは真っ赤な顔をしたイングランド
サポーターがたむろしている。
中にはアオタン作っている人も何人か居る。
こいつらがフーリガンとして暴れたりするのかなと思うと
さすがに怖くて気軽に声を掛けたり出来ない。
そして道にはチュニジアサポーターが歌を歌いながら行進
している。
しかしさすが地中海沿岸だ。こんな強烈な太陽は渡欧して
初めての物である。正に期待通り。
スタジアムの前に着くとさすがに凄い人の数だ。
ここベロドロームの収容人員は多いのでチケットは何とか
なるだろうとの考えとイングランドから沢山のサポーターが
来ている為に厳しく、チケットの相場も上がっているのでは
という考えが交錯していた。
現場には見るからにチケットは持っていなさそうな
サポーターが数多く居る。
近くで日本人と地元の老婆が交渉をしている。側によって
話を聞くと老婆は1000フランからは決して下げないと
言っている。日本人の男性はもう少し負けろと粘っているが
決裂しそうである。そこで私が横から「私がその値段で買う」
と言ってそのチケットを購入する事で話を着けた。
体調のことも考え、多少高めでも確保しておきたかったのだ。
更に試合の開始時間が近付くにつれチケットを持っていない
サポーターが荒れ出すのを恐れたというのもあったのだ。
だが、老婆は今現在はチケットを持っていない。もうすぐ娘が
持って来ると言っている。
彼女は英語が喋れないのだがここで助かったのが現場で会った
何と日本語が喋れるフランス人アクセル氏である。
彼はどうやら大会の関係者(?)らしく彼女との話の上で
通訳をかって出てくれた。娘さんがチケットを持って来るまで
結構時間があったがその間話し相手になってくれた。
彼は合気道をやっており、毎年和歌山の合気道道場に稽古に
行っている事とか、近いうちにパリに道場を開きたいと思って
いるといった事などを話し。また、チケットの到着が遅れた
ので「もし、チケットが手に入らないような事があれば私が
持っている関係者のチケットを譲ってあげるから安心しなさい」
とまで言ってくれました。結局暫くしてチケットは届いたし、
彼も仕事があったので別れました。
スタジアムは見えるのだが、どうやらゲートは正反対の方角に
あるらしく結構歩いた。
無事ゲートを通って入ったスタジアムはさすがにでかい!
が、ホームスタンドにしか屋根は無くあまり近代的と言った
感じはしなかった。ちょうどゴール裏、コーナーフラッグの
辺りであまり良い席とは言えない。金網の向こうには
チュニジアのサポーターが陣取り、私の席のブロックを挟んで
反対側にはイングランドサポーターが。私のブロックは両軍
混在と言った感じだ。
イングランドの応援団の歌声はとにかく低くてドスが利いて
いる。ちょっと怖いぐらいだ。
試合が始まるとイングランドに注目していたベッカムが居ない
その為だろうか中盤に創造性とかそういった物が皆無である。
前線に向かってロングボールを蹴っているだけでガツガツ
とした体力任せの旧態依然とした、いわゆるイングランド
スタイルに戻ってしまっている。
チュニジアも組織といった物が殆ど無い。それぞれが勝手に
やっている。まあ、アラブ系らしいテクニックは見せるのだが
いかんせん単発である。
結局シアラーのゴール等でイングランドが2−0で勝ったが
これまで観た中で最も魅力に乏しい試合であった。
が、この日のハイライトは試合後であった。
隣のチュニジアサポーター席からペットボトルが投げ込ま
れる。私の周りのイングランドサポーターが応戦する。
私の両隣に居た観客が試合終了を待たずに帰途についたのは
この事態を予想してのことなのだろうか?
スタジアムでは例のドスの利いた声で歌われるイギリス国歌が
スタジアムを包んでいる。
朝から何も食っていないので腹も減って早いトコ食事
(ブイヤベース)にありつきたかったし、土産も買っておき
たかったので早々に席を立った。何よりも面倒に巻き込まれ
たくなかったのだ。だからその後スタジアムで何があったかは
分からない。殴り合いの一つや二つはあったのだろう。
スタジアムから目的のレストランのある港に向けて歩いて
いるとヤケになったチュニジア人が地面にビール瓶を叩き
つけている。荒っぽいのはイングランド人だけではないようだ
カフェの前を通った時だ、私のすぐ横で破壊音が聞こえた。
真っ赤な顔をしてぶっ飛んだ目をした男がテラスのイスを
叩き壊し投げつけている。蜘蛛の子を散らすように人々が
逃げる。無論私も一緒だ。写真を撮りたい衝動に駆られるが
そんな事で刺激し、暴力のターゲットになるのはご免だ。
とにかく関わりたくない。とっととブイヤベースを食べて
駅に避難しようと思い当てずっぽうに近道と思われる路地に
入った。・・・やはり迷った。さんざん迷って港近くの通りに
出た時、彼等は路上の自動車をひっくり返していた。
野次馬は遠巻きに観ている。そんな光景を横目に私は
とにかくレストランを探した。そして辿り着いたその店は
シャッターが閉まっていた。ちょっとした破壊の跡がある。
向かいのビルのショーケースのガラスは見事に叩き
割られている。
そういえば此処に来るまでの道中やけにシャッターを
下ろしている店が多かった。
まあ、駅までの道中どっかは開いてるだろう。そこで
ブイヤベースを食うんだと気を取り直して駅に向かうと
機動隊が道路封鎖をしている。そしてその先ではフーリガン
と機動隊がにらみ合いをしている。実に面白そうだ。
が、今は空腹が先に立つ。ちょっと表通りを歩くとどうも
表通りのレストランは全滅臭い。仕方なく裏通りに入る。
やっと見つけた店は地元の人がたむろって居る。
テレビでサッカー中継を見ている。私も仲間に入れて
貰おうと店内に入って従業員と話すとこの店では食い物は
無いと言う。何と言うことだ折角見つけた店が・・・
いや、正確に言えば開いている店はあった。
が、真っ赤になったイングランドサポーターのたむろする
店に入って行く勇気は私には無い。
それにそれらの店にはブイヤベースはおろかせいぜい
サンドイッチ位しか無さそうだったから・・・
まあ、この時はのども渇いていたので取り敢えずビールを
一杯貰った。
こちらにはジュースの自販機とか殆ど無いのでこういった
店に入るしかないのだ。
この頃になるともう食える物なら何でもいいやという気に
なっていた。が、さすがに時折見掛けるアラビア文字の
看板の店に売っている砂糖をまぶした甘ったるそうなパン
だか菓子だかは食う気が起こらなかった。
結局、駅の側でやっと見つけたいかにも流行っていなさ
そうな安レストランで食事を取った。まあ、量は多く
不味くは無かったが結果としてこれがフランスで取った
最後の食事かと思うとちょっと寂しい気もした。
朝はマクドナルドで気持ち悪くなるし・・・
駅に着くと駅前広場には沢山の機動隊が居た。
まだ時間はたっぷりあるので適当にそこらの人を捕まえて
話をした。イングランド人の英語は早口で非常に聞き取り
にくかった。スキルが足りないなー。
日本人のカップルとも話した。彼等は試合のチケットが
確保出来なかったようだ。
「でも、私達の本命はブイヤベースを食べることだから」
と言う彼女に私が見てきたことを伝えると一瞬落ち込んだが
それでも諦めず「とにかく探してみます」と港の方に向かって
行った。
その後に話をした奴等が非常にムカつく奴等でその知ったかな
態度に嫌気がさし、話も半ばに其奴等から離れた。
離れたは良いが列車の出発までまだ時間はたっぷりある。
余りに退屈なのでまた街を探検しようかと駅舎を出たら例の
カップルが「ブイヤベース食べて来ました!」と嬉しそうに
声を掛けてきた。
港の方の路地に一軒だけやっていたと言う。一瞬私もその店に
食べに行こうかと思ったが先程の食事がもたれているので
とてもじゃないが入りそうに無い。何だか悔しい。
その気持ちを彼等に伝えると「私達はブイヤベースを食べに
来て、サッカーが観れずにブイヤベースが食べれた。あなたは
サッカーを観に来てサッカーが観れたのだからそれで良いの
じゃない」と慰められてしまった。
その後街に降りてみたが危険を感じて早々に駅に引き返し
機動隊のすぐ側で見物をしていた。
一度駅が襲撃されるとの情報が入ったらしく駅前の階段に
完全装備の機動隊員がずらっと2列に並び凄まじいまでの
緊張感に包まれたがそれも暫くして解かれた。
時折チュニジア人がビール瓶を投げつけてきたり、機動隊員に
余計な事言ってぶん殴られる少年が居たりしたが深夜になったら
駅舎に追い返されてしまった。
暫くするとスペインのポートボウ行きの夜行列車は来た、これで
フランスとはお別れなんだ。
が、しかし。お別れではなかったのだな、これが。